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1996年の春、私は途方に暮れていた。
大学での専攻は経済学部経済学科。土木・建築とは無縁である。
将来は銀行員か、証券マン。学校の先生を目指したこともあった。

子供の頃は自分でいうものなんだが、かなりやんちゃであった。
しかし、ヘルメットをかぶり道端で働く人たちを見てどこか軽蔑していた。
こういう業界にだけは行きたくない。と。

正直に言おう。そんな世界に足を踏み込んだのは学費と生活費のため。
すなわち苦学生であったことに間違いはない。

私がアルバイトし始めた会社は大きなクレーンでコンクリート製品を吊るし、所定の場所に設置する。
PCカルバート工法というやつを現場で施工する工事業者であった。

そしてここで私は人生の転機を迎える。
見るとやる、思い込みと実際は違うということに気が付くのだ。
1ミリの世界にこだわる現場はまさに男たちの命の主戦場。
弱音の吐けない終わりなき仕事に魅了された私はすぐに職人という名の戦士に成り代わった。

職員は数名しかいないような小さな会社であった。
熊本弁を放す自由奔放豪快豪傑な社長の右腕として全国を飛び歩いた。
酸いも甘いも全部この社長が教えてくれた。父のいない私に代わり、父親代わりになってくれていた。

そんな会社が倒産し、社長は逃げたのだ。
私はこの先をどう生きるかということの選択を迫られた。

1996年の春、私は途方に暮れていたのだ。

ここからは地獄のような日々であった。

そして起業。ゼロではない、マイナスからのスタート。話せば尽きることはないが、その苦労話は私の中で一切を封印することに決めた。

一切後ろを振り返らずここまでやってきた。

気が付くと今年、起業してから22年目の佳節。

創業からここまでひと時も休むことなく走り続けてきた私が、この辺で自身の人生について好き勝手に語っていこう。
悔しい思いをした数々のエピソードを。
ここまで乗り越えてきた自信を。
そしてこれから先の生き様を。
そんな思いで今回、自分サイトを開設させていただくことにしました。

今まで私とともに汗を流してきた同志よ。
今私を支えてくださっているすべての方々。
そしてこれから巡り合う、縁ある人たちに読んでいただければ幸いです。

2017年10月吉日 林 友則

林の経営哲学

【こちらから胸襟を開く】
子供のころから人懐っこい性格であった。誰とでも仲良くなれる天性の持ち主でした。人と争うことからは何も生まれないと子供心にわかっていたのかもしれない。
相手の命を変えるのはどこまでいってもこちら側なのである。
【技は力の中にしかない】
仕事である以上、順風満帆には行かない。
仕事がない時にどれだけ技術を磨き資格を取れるかである。
常に自分自身に厳しく、学びを忘れることなく前進できるかである
【経験より感より度胸】
男である。少しのことくらいでくよくよしてはいけない。経験は自然に積まれる。感は自然に備わる。度胸は勇気からしか生まれない。
【恩は忘れるな】
してやったことは忘れる。恩義に反した奴は許さない。どこまでいっても人間である。感情のある動物である。人を裏切るような輩になってはいけない。

林の未来経営哲学

忘恩、不義理者が続出した一昨年度以来、腐敗しきった組織の脱却を掲げ【磨き上げた技術は明日の笑顔を照らすために】を会社のコーポレートメッセージとし、【創立30周年を目途に年商100億円を達成する】という大きな目標を掲げる。
 テーマとして以下の4つを掲げる。
第一に「意識の変革を徹底してする」という勇気
事業を成功させようとする責任感と情熱、そしてスピードにほかならない。
第二は、「職業選択権の自由は働く職員の側にしかない」という覚悟。私の基本理念をどうしても感情的に、また精神的に理解しあえないのであればそれはいつでも私のもとを離れ他へ飛び立った方がお互いにとって良い結果を生む。
第三は、「目先の利益に走らない」という信念。顧客第一主義は非常に大事な観点だが、顧客奴隷の組織になってはならない。
第四として、世の中に貢献できたという証になること。それは「しっかりと高収益体質を志向する組織を構築する」という点である。

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